エグゼクティブアスリート

第3回Executive Athlete Talk Live~番外編~
後編

エグゼクティブアスリート
布施努氏 プロフィール

ノースカロライナ大学グリーンズボロ校大学院にて博士号取得。
株式会社Tsutomu FUSE, PhD Sport Psychology Services 代表取締役。
NPO法人ライフスキル育成協会代表。
スポーツ心理学博士。
早稲田実業高校、慶應義塾大学では野球部に所属し、高校時は甲子園で準優勝、大学時は全国大会優勝を経験。その後、住友商事にて14年のビジネス経験を経た後に渡米。
ウエスタン・イリノイ大学大学院修士課程(スポーツ心理学専攻)修了後は、ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校にてスポーツ心理学の世界的権威であるDr.Gouldに師事し、スポーツ心理学博士号を取得。在学中、USA五輪チームやNFL、NHLのリサーチ・コンサルティングを行う。帰国後、慶應義塾大学、早稲田大学、筑波大学、JR東日本、桐蔭学園ラグビー部、横浜ラグビースクールなどのスポーツチームのメンタル指導を行い、チームを短期間で全国大会優勝に導く。また、ビジネスの世界においても三井物産(株)東芝、監査法人トーマツ等の大手企業や様々なスモールビジネスを行っている企業にてチームビルディング、組織パフォーマンス向上、ライフスキルの講師として招かれるなど、スポーツからビジネスまで幅広い分野での指導を行っている。
■YOUTUBE:スポーツ心理学で勝つ
www.youtube.com/channel/UCGrLwt2yYA81vD_dMIdOl7g

 

1. 慶應の人づくり文化の醸成

慶應の人づくり文化の醸成

西田:慶應や早稲田では桐蔭学園のような興味深い話はありますか?

布施氏:慶應の大久保監督とは、殿堂入りした前田祐吉監督に師事したという共通項があり、理想とする野球観とかチーム作りが似ているという感覚がありました。大久保監督との元々の出会いは全国監督会議で僕が講演した際に、私が関わってきたチームのチーム作りについて事例を出して解説したのを聞いていただいて、終わった時に「慶應にも来てやってください」と言われたのが始まりです。当時、大久保監督は就任されたばかりでしたが、「社会人野球の時は30人の選手を相手にしていたけど、慶應に戻ってみると200人の選手が相手になる。200人の選手に僕が作りたいチームの文化を共有するには相当時間がかかりそうなので、一緒に手伝ってもらえないだろうか?」と言っていただきお引き受けすることになりました。まさにここは文化作りということでした。会社にはビジョン、ミッションというものがありますが、それをいかに浸透させるかというのが僕の仕事でした。

西田:それをどうやって浸透させていったのですか?

布施氏:一番浸透させなければいけないのは実は4年生なのです。でも4年生が一番難しいわけです。既に違うカルチャーで3年間育ってきているので。会社で言ったら50歳過ぎの人を今から変えるという凄く難しいミッションですね。そこで僕がとったのは個人を変えるのは難しそうだから、カルチャーを作る構造を考えました。チームを強くするために、優勝するために何が大切かを考えていく中で、一つ制約条件になるのは、慶應はスポーツで優秀な人材が豊富に入ってくるわけではないということです。だからこそきちんとした育成をしなければ強いチームにはならない。もちろん大久保監督は「育成をちゃんとしたい」と重点を置いていましたが、育成したいと言っても監督は一人だから、どうしても明日の試合のAチーム30人を見なければならない。でも、30人ばかりを見ていると、次の世代の30人が育ってこない。これっていつまでたっても負の連鎖をしているだけじゃないのかというのを様々な形で伝えていきました。

西田:現業に注力しながらの次世代育成は企業にとっても永遠の課題の一つです。そこで、どんなアクションを取られたのですか?

布施氏:そこで選手達に「監督が入り口である次世代育成を今すぐやると言っても明日の試合はどうする?となってしまうだろ?みんな、どうする?」と質問を投げて考えさせました。「やっぱりここで手を打たないとね。育成プログラムみたいなのをどんどん作ろうぜ」と言って、それに上級生を参加させました。上級生にしてみると、実際問題もう選手としてレギュラーで活躍することは難しいかなという子もいるのですけど、慶應の文化としては、働けるところがあればチームのために働きたい、また、周囲も働いた人を評価する風土が凄くあるので、その声掛けに反応して育成プログラムにどんどん入ってくれたのです。

西田:慶應というプライドがノブレス・オブリージュ的な振舞い方をさせるのでしょうかね。

布施氏:慶應の場合、自分で役割を探せるようになっていくんですね。役職ってあるじゃないですか。キャプテンとか副キャプテンとか。そういうのではなくて、後輩への指導であったり、自分自身が役割を見つけられるようになるのです。後付けで名前が付いたりもするのですよ。もちろん、付かないでやっている選手もいる。そういう文化は確かにありますね。

西田:その過程で自分自身も成長していくのですね。

布施氏:育成の過程で、なかなか変われない人のことを見て、ああしなきゃ、こうしなきゃと言い出すと、それが自分自身に跳ね返ってきて、じゃ自分はどうなのかなと思わざるを得なくなってくるわけです。いきなり「自分のことを考えろ」「今の自分を見直せ」って言われてもたぶん難しいので、チームビルディングをする中で自分の立ち位置を考えさせたり、見つめ直させたりした方が、遥かに効果的だと思います。

西田:ここでも実践で各自に気付きを与える手法ですね。

布施氏:そうですね。その時にもう一つ作ったのは、ひとり一人の選手の縦型比較です。誰かとの比較ばかりを考えるのではなく、選手たちにとってどういう先輩がいたら伸びるのかなというのを考えさせたのです。自分の経験から「こういう先輩がいたら無理ですね」とか、「今だとこういう先輩がいたら良い」というのを話し込んで個別に落とし込みました。「じゃ描いた理想像と今の自分があるだろ?そこから半年かけて君たちもそうなれるように頑張れ。それについて俺はちゃんと見ているし、監督とも共有するから」と言って発破をかけたわけです。もちろん監督もわかってくれているので、監督と連携を取りながら、ある選手を使う気がなくてもベンチに入りさせてみたりすることで、短期間にどんどん文化が浸透し始めました。まさにプロジェクトが人を育てるのですよね。

西田:慶應はやはり個というよりも、組織の中で自分を如何に活かすかということがカルチャーとして根付いているのですね。

2. 荒ぶる早稲田の秘策

荒ぶる早稲田の秘策

西田:同じように早稲田ではどうでしたか?やはり感動したのはお正月の大学ラクビーの決勝戦で「荒ぶる」を歌っている姿でした。あれは早稲田出身じゃなくてもジーンときますよね。あの決勝までに至る試合にどんなドラマがあったのでしょう?

布施氏:ご存じのようにその前哨戦である12月第1週の明治との試合に大敗しているんです。「早稲田どうした」「情けない」と、マスコミやOBから言われるくらいの負け方をしました。まあ理由は戦術的な問題だったり、中野というすごく突破力のある選手がケガをして出られなかったりしたことがあるのですが、もっと根源的な問題点として、端的に言えば4年生がまだまだ機能していないという感じがあったのです。

西田:どこも4年生が大事ですね。

布施氏:そりゃそうですよ。4年生は企業で言ったら稼ぎ頭ですから、そのトップが機能していないと苦しいです。これまで状況としては機能していなくても個々の才能があるので勝ってしまっていたために、機能していないことが隠れてしまっていたという感じでした。それで僕が12月に全体ミーティングをした後に、意を決して監督と話しました。4年生の中心人物たちとミーティングをしたいと相談したんです。こっちから仕掛けようということですね。

西田:いつもの“気付きを与える”こととは多少違うやり方ですね。

布施氏:そうですね。自主自営のチーム文化にふさわしいかが心配で、監督がもし止めようという判断をしたらやらないつもりでした。でも僕も「プロの見解として、あと1か月後に試合があるという状況で、このままでは僕が任されたミッションをコンプリートすることが出来ない。もし難しければ別の手で頑張るけど、正直、残された時間から見積もると苦しい」と話したら、「やろう」と決断してくれました。相良監督もきっかけを作って気づかせれば後は自分たちで漕ぎ出してくれるだろうし、大切なことは今選手に伝えるべきだと考えられたのではないでしょうか。

西田:それで具体的に何から始めたのですか?

布施氏:実際、4年生と膝を割って話をしたら、彼らもいろんなことに気付き出して、初めていくつかキーとなるミーティングができました。4年生が4年生としてやるべきことに気付き出したというか、とにかく発言も変わってきました。早稲田の場合、試合前に試合に出る選手ひとり一人が誓いの言葉を言うのですが、その言葉に重みが出てきたのです。何といっても一番の違いを感じたのは決勝戦当日の新国立競技場でした。

西田:それはどういうことですか?

布施氏:新国立競技場が面白いのは、秩父宮などですと観客に紛れてしまって試合に出場しない部員がどこで見ているかわからないのですが、あそこだけは選手の真横に部員席があるのでわかるのです。4年生が中心となってすごく盛り上がっているんですよ。OBの皆さんが言っていたのは「うちの学生があんなに盛り上がったり、サポートしている姿を見たのは初めてだったよ」と言われるくらいの凄い盛り上がりでした。

西田:それが試合にどう影響したのでしょう?

布施氏:明治から見ると、戦力的に誰々が増えた、誰々が代わりに出ているというのは予測できていたと思います。戦術的にもこういう戦術を使うはずだという予測は出来ていたと思います。でも明治が一番わからなかったのが4年生の意識が変わったことでした。チームケミストリーが変わったというところまでは見えなかったんですね。だから前半31-0という差になってしまったのかもしれません。戦術的な話ではなくて、明治が思考停止状態になってしまったのではないでしょうか。戦術的におかしいくらいだったら、大学ラグビーの雄ですので対応できるのですよ。でも意識が、あれっ?と思うほど全然違ってしまっていたので、そこに気付くまでに時間がかかってしまった。ハーフタイムになって頭を冷やして、漸くそこはどうでもいいから、とにかく点を取りに行かなきゃならないとなって、彼らの本来の力を発揮し始めたのです。

西田:戦略・戦術分析は完璧だったのに、意識の変化までは読めなかったということですね。あの試合展開にそういう裏側があったのですね。これは面白いなぁ。ところで、4年生が4年生としてやるべきことって端的に言うと何ですか?もっと自分たちで燃え上がらなきゃということですかね?

布施氏:誰にでも頭の中には個人軸とチーム軸があると思うのですけど、チーム軸が自分たちが思っていたより薄かったのですね。みんな良い選手たちですよ。でも4年生一人一人がチームリーダーとしてリーダーシップが何なのか、それをどう発揮したらよいのか、それがチームスポーツでどういう行動になって現れるのか、それはレギュラーだけの言動でいいのかなどですね。彼らが凄いと思ったのが、3週間くらいでそれを考えて、自らを激変させたことです。

3. 人材育成の本質

西田

西田:この3校のケースに共通するのは、布施さんがチームにかかわることで部員に新たな気付きが生まれ、彼らの中にある潜在能力を引き出して、行動変容を導き出しています。これってビジネスに応用するとしたら、どういう応用の仕方が考えられますか?

布施氏:会社でリーダーに「どういう部下が欲しいですか?」と聞いたら、「自分で動けて、考えられる人が欲しい」と返ってきます。「じゃあどうやってそういう人を育てますか?」というと、“自主的”、“主体的”というキーワードが出てきます。これはスポーツでもほぼ同じ答えが返ってきます。確かにこういうメンバーで組織が構成されていたら組織としていいパフォーマンスが出そうですよね。でも実際どうしたらそうなるんだろうというところがわからないですよね。そこで「でもこれってどういうことですか?」と聞いたりします。そうすると、「“自主的”は自分で動いたりすることかな?」「“主体的”はわかんないな。組織の中で自分から動ける人かな」とか答えていただいたりするのですけど、不思議なことに、上手くチームを作っている人は定義を正しく言えなくても、なんとなくわかっているのですよ。実は主体的っていうのは「自分自身が貰った情報を自分の言葉で理解して、自分なりに理解して自分なりの行動を起こすこと」なんですね。裏を返すと、言われたことしかやらなかったり、応用ができなかったりすると、主体的にやりなさいと言われたりするわけですよ。

西田:おっしゃる通りのことが起きますね。

布施氏:しかもこの二つは順番があって主体性が先に伸びてこないと自主性はなかなか出しようがないのです。組織の中で動くときは、自分勝手にではなく実際は主体性を発揮して、つまり情報を自分なりに理解してその理解が組織の方向性と同じ方向に向かっていると確信しているから自らが動こうとするわけです。この主体性を育てるのってかなり大変です。どう育てるかと言えば、例えば何かをやってもらうにしても、何故それをやってもらわなければならないのか、それでどういう影響が出てくるのか、を説明しなければならない。そこから行動に移すとしても、どうしてそういう行動をとったのかを聞いてみなければならない。「その判断だとこうなってしまうから、実はうちのチームがしてほしい判断は、こっちが優先なのですよ」ということを事細かに伝えなければならない。ある時は直に見ていて、間違った行動をとったときは「どうしてその行動をとったの?」「選択肢がもう一個ありますよね。うちはこれを目指しているから、こっちを優先したいです。」というのをやらなければなりません。

西田:確かに手間がかかりますね。

布施氏:これが右肩上がりにどんどん伸びていく前提でしたら、時間が見積れるのでやれるわけですが、たぶん会社の中で一番難しいのは時間を見積もれない仕事です。そうすると最初の伸びが来るまでの時間に個人差が出てきます。できのいい子だと1か月くらいで主体性がどんどん伸びてきますけど、下手すると3年くらい手をかけているのに伸びない子もいます。そうすると、そこに手をかけてもしょうがないかという風になってしまうわけです。スポーツ心理学でわかっていることは、主体性を育てるには時間がかかりますが、時間をかけたことでチームに良い影響が出ます。これは今回の3チームでもそうです。実際、僕の専門の応用スポーツ心理学ではいくつかの理論を現場に応じて複数組み合わせていきます。その結果人は自分に手をかけて貰った分、誰か他の人へ施すことを人はやってしまうということがわかってきたりします。

西田:恩送りということですね。

布施氏:本当は、1対1の関係で、僕が西田さんに良くしてもらったら西田さんに返すのがわかりやすいのですけど、だいたい西田さんから頂いたものは、僕は他の人へ渡してしまいます。それは、後輩の面倒を見たり、同僚の中で役割を演じたりすることですが、そうするとチーム全体からすると、ここでリーダーが使った時間は結局チームの中での財産となり、自然と良いチームになってくるわけです。

西田:成長が遅い人に時間を費やしても、長い目で見ると全体の生産性を下げることにはならないということですね。

4. 主体性の5つのレベル

主体性の5つのレベル

布施氏:そして主体性を育む鍵は、自分なりに判断できるかですが、そのメンバーの判断能力がどれくらいまで来ているのかって査定できますか?そこでスポーツ心理学のフレームを使ってその判断能力を可視化するわけです。主体性には5つのレベルがあります。レベル1は「誰かに言われたから やる」。新人とかはそうですね。レベル2は「やらなきゃならないから やる」。だいたい入社してしばらくたつと言われているのがこれではないでしょうか。「自分で探せ」「やらなきゃいけないことに気づけ」とかです。多くの人はだいたいここで止まってしまいます。レベル3になると「自分にとって重要だから やる」。実はレベル3でそれぞれの人の自らの特徴に気づき、それをベースにどんどんリーダーシップを発揮したりするのです。でも、そうならなければ、全般的にそこそこできるからいいかなという感じになってしまいます。そしてレベル4になると「やりたいから やる」。自分はコミュニケーションが得意だと思ったら自らセミナー行きたくなったり、本を読みたくなったり、そういう先輩とタッグを組みたくなったり、どんどんやりたくなってしまうのです。そうすると、小さな成功体験が出てきて、それによって意欲的になってきたりすると、レベル5の「楽しいから やる」という状態になります。これは実はチームにも関係していて、レベル4みたいな人がいっぱいいると、めちゃくちゃ楽しいわけですよ。だからチームリーダーとしてレベル4みたいな人をたくさん育てると自分も周囲も楽しくなるのです。ただ、この成長の仕組みを理解する上で一つ原則があります。

西田:その原則とは?

西田と布施氏

布施氏:各レベルは1つ上しか狙えないということです。例えば、まだやらなければならない人に「仕事楽しめ」といってもかけ離れてしまって無理じゃないですか。それよりも「自分の特徴を探した方がいいぞ」と言ってあげた方がいいし、レベル1の人にはレベル2を、レベル3の価値がだんだんわかってきた人には、プロデューサー能力を発揮させてあげて、そういうコミュニケーションが必要な仕事をアサインしていくと、必然的に楽しくなってレベル4が出来上がっていくのです。

西田:人材育成に飛び級はなくて、それぞれのレベルで熟成させてから次のレベルへ昇華させていく必要があるということですね。では、最後にビジネスでも、スポーツでも、自分自身を成長させようと考えている皆さんにアドバイスをお願いできますか?

布施氏:自分ができそうなハードルをいかに見つけるかということ、しかもそのハードルが低すぎると義務感になって面白くないので、ちょっと頑張らないとまずいなと思うくらいの目標をうまく探してみると良いのではないでしょうか。目標はどんどん変わっていくのが自然であり、成長するともっと難しいことにチャレンジしたくなります。例えば最終ゴールには、トライアスロンと仕事を両立したい!みたいなことを掲げた方がよくて、その実現に向けて、小さな目標を立てるというバランス感覚が必用であり、計画すること自体を楽しめるのではないかと思います。

西田:ありがとうございます。とても面白かったです。