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第3回Executive Athlete Talk Live~番外編~
前編

第3回Executive Athlete Talk Liveは、番外編としてスポーツ心理学博士の布施努さんのインタビューです。布施さんは、これまで数多くのスポーツチームを全国優勝に導いてきた、謂わば、優勝請負人。アカデミックな理論を用いて”強いチーム”を作りあげる、その手法はビジネスは元より様々な組織運営にそのまま通用する本質的な手段と言えます。”あの試合”の裏側にあった真相を含め是非お楽しみ下さい。

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布施努氏 プロフィール

ノースカロライナ大学グリーンズボロ校大学院にて博士号取得。
株式会社Tsutomu FUSE, PhD Sport Psychology Services 代表取締役。
NPO法人ライフスキル育成協会代表。
スポーツ心理学博士。
早稲田実業高校、慶應義塾大学では野球部に所属し、高校時は甲子園で準優勝、大学時は全国大会優勝を経験。その後、住友商事にて14年のビジネス経験を経た後に渡米。
ウエスタン・イリノイ大学大学院修士課程(スポーツ心理学専攻)修了後は、ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校にてスポーツ心理学の世界的権威であるDr.Gouldに師事し、スポーツ心理学博士号を取得。在学中、USA五輪チームやNFL、NHLのリサーチ・コンサルティングを行う。帰国後、慶應義塾大学、早稲田大学、筑波大学、JR東日本、桐蔭学園ラグビー部、横浜ラグビースクールなどのスポーツチームのメンタル指導を行い、チームを短期間で全国大会優勝に導く。また、ビジネスの世界においても三井物産(株)東芝、監査法人トーマツ等の大手企業や様々なスモールビジネスを行っている企業にてチームビルディング、組織パフォーマンス向上、ライフスキルの講師として招かれるなど、スポーツからビジネスまで幅広い分野での指導を行っている。

 

1. 3チーム日本一の快挙

西田:今年のお正月に早稲田対明治の大学ラクビー決勝戦をテレビ観戦していたら、画面上に選手達とグラウンドにいる布施さんの姿が何度も映っていました。あぁ、やっぱり優勝の陰には布施さんがいるんだぁとあらためて敬服しました。桐蔭学園ラクビー部、慶應義塾大学野球部、早稲田大学ラクビー部と3校を立て続けに優勝に導く快挙をあげられましたが、今の率直なご感想をお聞かせください。

布施氏:本当に3校とも違う文化なのですよ。それぞれの文化に寄り添いながら、それぞれが大切にしているものをより強固にしていって違うタイプの“勝てるチーム”にしていけたので、自分としては非常に良かったなと思います。世の中には「ああやりなさい」「こうやりなさい」という指導の仕方もありますが、自分のやり方は「組織やチームの最高を引き出す」というものであり、スポーツ心理学の理論をベースにしています。ただこれらの理論も文化的違いに上手く修正を加えていかなければ使い物にはなりませんので、そこに僕の存在意義があると思っています。特に今回の早稲田はチャレンジングでした。

西田:布施さんは高校が早稲田で、大学が慶應なので、何というか・・・ズルいですよね(笑)。早稲田の文化も十分理解していると思いますが、それでもチャレンジングだった?

布施氏:チャレンジングでしたね。早稲田って強烈じゃないですか(笑)

西田:よく言われる慶應と早稲田のカラーの違いって布施さんから見るとどこにあるのでしょう?

布施氏:一般的に言うと、慶應は「組織」を作るのが上手で、早稲田は「個」が強いと言われると思いますが、両方とも「個」も「組織」も大切にしています。ただその優先順位がちょっと違っていますね。

2. スーパービジョンで習得したスポーツ心理学

スーパービジョンで習得したスポーツ心理学

西田:なるほど。では、それぞれ特徴ある学校の優勝までの道のりをお聞きする前に、そもそも布施さんはどんな方でスポーツチームにどのようなサポートをする方なのかを教えていただけますか?

布施氏:そうですね。端的に言うと、いろいろな組織や個人の最高の力を引き出していくことが仕事ですが、そこに用いる検証された理論をどう現場に当てはめて組織や個人のパフォーマンスを上げていけるかに真価が問われます。対象はスポーツチームもあれば、会社の組織、あるいは学校等、“人の集まり”全てになります。現在はスポーツ心理学博士となりましたが、大学院時代の6年間で教授にたっぷり鍛えられたのが始まりでした。

西田:アカデミックな部分を泥臭い現場に上手く落とし込んで、最終的に“勝てるチーム”を作りあげていくということですね。

布施氏:そうですね。落とし込むときに凄いチューニングが必要になってくるのでその技術を持っているということですかね。

西田:ところで、スポーツ心理学というのは、布施さんも学んだアメリカで発展したと思うのですが、やはりアメフトから生み出されたものなのでしょうか?

布施氏:スポーツ心理学はアメフトも多いですけど、オリンピック種目が中心ですね。 オリンピックで金メダルを取ることが凄く大切なことだったので。アメリカの最大の貢献は1980年代に「理論を現場に落とし込む」ということをいち早く取り入れたことです。

西田:布施さん自身、その「理論を現場に落とし込む技術」はアメリカに留学されていた時に学んだと思うのですが、具体的にはどうやって習得されたのでしょう?

布施氏:それは「スーパービジョン」という手法が取られました。自分の担当教授と一対一で向き合って、教授の実際のコンサルティングの現場を観察します。そうすると教授から「あの時僕がこういうことをやったけど、どうしてやったかわかるか?」と質問されます。それに「こういう理由じゃないですか?」などと答えていくわけです。それで「あそこで勉強したことがこのチームではこういう風に使っているのだ」というのをだんだんと理解し、そのうち「やってごらん」と言われて、準備して実際にやらされるようになっていくのですが、その選手たちや監督とのやり取りを今度は教授に見られているわけです。「監督とこういう話をして、こういうアドバイスをしていたけど、そのアドバイスは何故したのか?何を狙って誰のどの理論をベースに話しているのか?」などとどんどん詰められていきます。最初のうちは曖昧でも、何千時間という時間を費やすことで、次第にできるようになっていきます。実際に大学院時代の修士課程と博士課程で合わせて6年間の時間を費やしました。

西田:海外で落とし込み方を学んだとしても、それが日本で同じように通用する、落とし込んでいけるものでしょうか?

布施氏:そうとは限らないですね。

西田:同じ人間ですので本質的には共通部分もあるのでしょうが、決定的に違うことは何でしょう?

布施氏:理論的には同じですが、個人のとらえ方に特徴がありますね。個人(セルフ)ということを一つ例にしても、日本の人たちだったら「インターパーソナルセルフ」と言って、他人の行動や表情によって自己を認知する、つまり、周囲の人との関係性に重きを置いていてそこに自分の態度が表れていることを前提として行動します。一方で、欧米の人たちは「インディペンデントセルフ」なんですね。極論を言えば何があっても自分は自分らしく明確に他人や周囲と自分は分かれています。おそらくそれぞれ宗教をお持ちなのが関係しているのでしょう。例えばキリスト教を信仰しているとすると神に対しての自分がいるだけなので、西田さんがどう思おうと自分は自分の主張なのです。ただそうなると、例えば、何かひとつのことをやるときに、周りを意識した人が何かをやろうとしているのか、それともそこは関係なく自分の信念だけに基づいてやろうとしているのかを見極める必要があります。

西田:日本人は、空気を読むとか、周囲に気を使うとか調和を気にしますのでインターパーソナルセルフというのが良くわかりますね。

布施氏:だからこそ日本人の特性としてコンフリクトが苦手になってくるじゃないですか。日本と欧米とではコンフリクトの意味合いが異なってきます。例えば議論するにしても、インターパーソナルセルフだと人と人とのコンフリクトになってしまいがちです。一方、インディペンデントセルフでのコンフリクトはあくまでも課題の論点に対するコンフリクトとなるので、上手く議論が進みます。

3. 優勝請負人としての流儀

西田:組織やチームに対して布施さんがサポートするときに布施さんをすんなり受け入れてくれる人と、そうじゃない人がいるのではないかなと思います。

布施氏:はい、いると思います。

西田:少なくとも布施さんが関わったチームは布施さんを受け入れて、アドバイスやコンサルティングを力にしてチームとして強くなっていったと思いますが、どのように入り込んでいったのですか?冒頭で桐蔭学園、慶應、早稲田それぞれ違うというお話があったので、これからは3校それぞれの事例をお聞きしたいのですが、例えば桐蔭学園には優勝するまでにどんなドラマがあったのでしょう?

布施氏:それぞれのチームのかかわり方は異なりますが、共通項があって、それは監督が協働して一緒に変化の方向性を受け入れてくれるかどうかですね。当たり前と言えば当たり前なのですが、僕らの仕事は、例えば、西洋の薬みたいに飲んだからすぐに熱が下がりますというタイプのトレーニングではありません。1年待ってくれたらある程度は出るのですけど、次の試合に向けてとか言われると少し難しいですね。

西田:3校はじっくり腰を据えて取り組んだということですね。

布施氏:最近僕が複数のチームで結果を出しているのは、理論に基づいてやっているので、確率論的に成果を出しやすいということがあります。また、そもそも僕と監督とそういう関係になれないとご一緒できないですしね。 契約すると僕はフルタイムで働くということになるのですけど、その時に「布施さん、メンタルのところやっておいてよ」と言うかかわり方ですと難しくなってきます。なぜなら最終的に組織パフォーマンスを上げるのが仕事なので監督やスタッフと協働して仕事することがとても多いからですね。例えば桐蔭学園で言えば、僕が何か話すところには監督さんを含めほぼ全員のスタッフがいます。僕は桐蔭学園で5年間話し続けていますが1度も同じ話をしたことがありません。同じ理論を使った話はするのですけど、事例が違ったり、見る角度が違ったりして、検証された理論が実際の実例の中でどこにどう当てはまるのかを解説します。そうすると、監督さんやコーチから「布施さんと話をすると毎回発見があるので、ノートがもうこんなになっちゃったよ」と言われるようになります。そういう監督のいるチームとご一緒させていただきたいと考えています。毎日行けるわけではないので、言ったことをやってくれないことには成果が出ません。

西田:なるほど。そもそも桐蔭学園にはどのようなきっかけで支援するようになったのですか?

布施氏:きっかけは10年連続で花園に出るはずだったのが、その10年目の時に県大会の決勝で負けてしまったことです。元々桐蔭学園の監督とは面識があったのですが、県大会の決勝で負けた3時間後に監督から電話がありました。僕は常勝軍団ですので「また勝ったのですね」と言ってしまったのです。ところが「今日は残念ながら負けました」と言われて、こっちは絶句してまずいこと言ってしまったなと思いました。そうしたら監督が「明日会えますか?なるべくすぐ会いたい」とおっしゃって3日後くらいにお会いしました。

4. 敗戦の可視化と気付き

敗戦の可視化と気付き

西田:切羽詰まっていたのでしょうかね。

布施氏:負けた原因は色々あるのでしょうけど、さすがにベテラン監督なので、試合1週間前のチームミーティングで、チームがおかしいという異変に気づいていたようでした。この子達、何故このような反応なのかな?反応薄いなと思ったそうです。でも1週間で原因が特定できるはずもなく、打つ手もなくて敗戦してしまったと、もうはっきりおっしゃられたのです。恐らくそういう部分が布施さんだと可視化されると思うので、タッグを組んでやりませんかというオファーをいただきました。その3、4日後、負けてから1週間後に新チームになっていきなり選手たちとのファーストミーティングがありました。

西田:それはどのようなミーティングだったのですか?

布施氏:僕は決勝戦を見ていなかったので、まずは選手たちからその試合のことを聞きだしていきました。一人の出来の良し悪しではなく、その時々で選手たちが何を考え、どう感じ、どう行動したかを引き出していったのです。そうすることで、その日一日の試合が手に取るように可視化されたのです。負けた要因も浮き彫りになっていきました。選手が普段監督には話さないようなこともどんどん話し出すと監督自身が驚いていました。その次に僕がやったのは、選手たちから出てきたキーとなる場面についてのスポーツ心理学的観点からの理論的な解説でした。

西田:あの時どうしてそういう行動をとってしまったのかの心理学的理由ですね。

布施氏:そうです。桐蔭学園が敗戦した試合で、頭が真っ白になってしまった子がいました。去年の慶應大学のキャプテンで栗原と言う選手なのですが、2年生でレギュラーでしたのでスタンドオフとしては相当に能力がある選手です。それで「栗原どうだった」と聞くと「最初にミスをしてから・・・」と話し出しました。「最初にミスをしたときに栗原はそれを取り返さなきゃと思ったよね。でも実際問題は自分のパフォーマンスのベストがここら辺にあるとすると最悪がここら辺、それで普段ここら辺でプレーしていたはずが、ここら辺まで落ち込んできたよね、失敗したから。その時に普段できるようなプレーがこのくらいのレベルだとすると、取り返すために更にいいプレーをしなきゃいけないと思って、パフォーマンスレベルと完全にアンバランスになってしまった」と言いながら、このパフォーマンスがマッチするラインを図に書いて説明していきました。更に、「ここまで行けなかったことで、不安ゾーンが出てきてしまった。不安ゾーンになって次に考えたことは、選択肢をいっぱい持ちだしてしまった。あれをやらなければ、これをやらなければと」。

西田:栗原君にしてみたら、その時の心理状態がどうして分かるのだろうという感じだったでしょうね。

布施氏:結局、いっぱい選択肢を持つことは前頭葉を圧迫するので判断力を鈍してしまうのです。そうなるとスタンドオフなのに判断力が落ちることでプレーが遅くなってしまい、うまくパスできなくなり、苦し紛れに蹴ってしまったりして、周囲との連携も上手くいかなくなってしまう。話を聞いていた人たちが、「布施さん、実はビデオ見てきたでしょ。栗原ずっとそんな感じだったのですよ。」って言いだす始末。栗原もびっくりしていました。

西田:その時の栗原君の気持ちの持ちよう、とるべき行動とはどんなことだったのでしょう?

布施氏:人は判断するときに最大限持てることは調子が良くても3つくらいですから逆に切り捨てる作業をしなければならないという話をしました。そうすると監督が「布施さんの話を聞いていると選手をCTスキャンして見せているようだ。いや、CTスキャンだと内臓しか見えないけど、それを言語化して見せてくれるので、なるほどって思うね。これはチームにとってすごく武器になるんじゃないかな」とおっしゃったのです。

西田:選手一人ひとりから試合がどう展開したかということを、その時々の選手の心理状態と合わせて引き出すことで、試合全体の構造を可視化していったということですね。この場合、挽回しようと選択肢をたくさん持ち過ぎたことで逆に判断力が鈍る結果をもたらした。切り捨てなきゃダメだと。

布施氏:可視化と同時に、何故そこにいっちゃったかという入り口とその解決のための出口の両方を教えてあげたのですよ。そうすると選手が「ああそうだ」「たしかに」みたいな感じでびっくりしていました。

西田:いわゆる自分が無意識にやっていたことが言語化され、腑に落ちた状態になる。

布施氏:そうです。言葉になるので可視化されます。しかも普段話す言葉で話します。難しい言葉を難しく話すのは簡単ですが、難しいことをいかに優しく、しかもその子たちの言語で話してあげないといけないところに心理学博士としての技術があります。

西田:同じ轍を踏まないためには何をすべきかを布施さんが導くということですね。

布施氏:そうですね。それをワークショップでいきなりやりました。 「栗原はこういう状況だったんだね。でもこれ栗原だけの問題じゃないよね。みんなが栗原を見て、更に後半時間が無くなってきて点数も気になり、そうなると考え込んでしまい、どんどんパフォーマンスも落ちてきちゃって、また選択肢を増やしてしまった。どの時点で皆がそうなってしまったかに個人差はあるだろうけど、たぶん最後は15人全員がそうなってしまったんじゃないかな?栗原がわかりやすいから今説明したけど、これは栗原だけの事として捉えないで自分事として捉えてみようか」と言って皆に紙にいろいろ書かせて、そこから選択肢を捨てる方法をみんなから出させました。理論的には理解しているはずなので、その理論を内省して自分の実体験の中であてはめてみる、すなわち、自分の実体験を自分の言葉でなぞらえることで自分のものになっていくのですよ。先ほどの栗原もその後大活躍し彼らは花園準優勝するのですが、その屋台骨を背負う選手となりました。

西田:自分で気付かせるということですね。

布施氏:そうですね。僕はどっちかというとその過程をプロデュースするという感じです。

西田:教えられたというよりも自分で気付いたという体験をさせる。だから身に付く。

布施氏:そうなのです。

5. 桐蔭学園優勝の舞台裏

 桐蔭学園優勝の舞台裏

西田:根源はそこですね。今、お話下さったような過程を経て、今回、桐蔭学園が決勝戦まで進んでいく中で、その体験が生かされた印象的なことってありましたか?

布施氏:桐蔭学園の子たちは仮説を立てるのが相当上手なのですよ。実は桐蔭学園は先週・先々週とメンバー全員と監督に対して、僕の1年間の集大成として詳細なインタビューをしました。そこで誰もが「正解はないから」と口癖のように言うんですよね。彼らの最大の特徴は、事前に相当な準備ができることです。自分たちでケースを設定して、どんどん考えていくんですよ。ケーススタディーですね。

西田:学校自体もアクションラーニングを導入していますものね。

布施氏:彼らは試合前日に6時間くらいミーティングをするのですが、そこで色々な仮説を立てます。彼らに伝えてきたのは「スポーツだから正解はない」ということです。ミーティングとかで発言する際も何が正解かわからないから自分の考えを出すことが凄く重要だと伝えています。まず仮説を立てて、作ったら実行するというのが大事です。実行したら、“結果”と言ってしまうとなかなか回らなくなってしまうので、“データ”という言葉を使います。僕らは科学をやっているだけだから科学としてラグビーを捉えていくと、仮説から実行することでデータが出てくる。なぜデータかというと、このデータに基づいてよくないことがいっぱい出てくる。これは再仮説を立てるためのデータなので、よくないデータが出た場合はガッツポーズとして捉えます。「上手くいかない。これじゃないんだ。ガッツポーズ」って。次の選択肢の確率が上がっていくみたいに捉えます。その意識付けが物凄く強いチームです。言葉が難しいですが、厳しい試合ほどそれを楽しんでいます。

西田:なるほど、“結果”に一喜一憂しないように、“データ”として捉えるというポジティブシンキングですね。その意識付けは試合の中でどう生かされたのでしょう?

布施氏:象徴的なのは花園の決勝ですかね。決勝が御所実業。名門ですよね。自分たちのミスがあって2トライ先取されました。0-14になって自分たちの作ってきた仮説があったのですけど上手くいかない感じがあり、そこで色々話して修正を加えていったのです。前半の最後に相手陣内で反則を得たのでキャプテンが来て「どうする?」って。「どうする?」というのは、キャプテンとしてはタッチキック出して、モールで攻めて7点取るつもりで「出すか?」と言ったのですが、フォワードが全員ここぞとばかりに「無理、無理」と言ったのです。そこも凄いところですが、今の自分達を客観視して、できることの中から選択肢を見つけるっていうことが一番重要だとわかっていました。よくあるのはキャプテンがそう言ったら無理かなと思っても「よし、行こう」と従ってしまうことですけど、彼らは全員「無理」と言ってペナルティの3点だけ取りにいったのです。

西田:全員が主体的に考えている。

布施氏:そうなのです。日ごろから彼らには「それぞれの人の性格があるけど、自分をきちんと理解した上で、自分の役割を演じることが大切なのだよと」ということを話しています。それで、ハーフタイムになって、点差をつけられていたので選手達の顔は若干こわばっていました。普通だったらキャプテンは「ここ頑張るぞ」等と気合いの入ったシリアスな言葉を投げかけるかもしれないところですが、キャプテンの伊藤は、何を言い出すかと思ったら「負けゲームだね」とみんなに向かってユーモアを言ったのです。そこでチームは一気に場が和みました。さらにキャプテンが「何でみんな負けゲームだと思うの?」って言ったら、意見が色々出てきて、「みんなそこ具体的に明確にわかっているよね。だったら負けゲームじゃなくて、勝ちゲームの方に持って行こうよ。オプション3つくらいあるよね。今の負けゲームから分析して再仮説を作るとしたらどれで行きたいの?」って聞いたら、みんなが「Cプラン」って言ったのです。このCプランというのは超攻撃的なプランなので当然リスクも伴います。そうして「Cプランだとリスクがあるから確認するよ。最初キックの時から浅く入れて・・・」と確認作業が始まります。浅く入れるというのは落としてしまうかもしれないので相当にリスクがあるのですが、ゆえに、色々なリスクを皆で出し合ってどう対応するかというのを5分間でやるわけです。

西田:その結果どうなったのですか?

布施氏:最初のキックはそこそこだったのですが、キャッチする選手が捕り切れず「予定通りやっぱりルーズボールになったか」という結果になりました。でも皆が想定していたので、セカンドボールに対してカバーリングに行くのが妙に早くて、その勢いが凄まじかったことで一気にこちらのペースで後半が始まりました。そこからプランを一個ずつ実行していったという感じですね。

西田:この話凄く面白いですね。裏側でそういうやり取りがあったのですね。

布施氏:そうなのですよ。この手の話は桐蔭だけで10個くらいあるし、早稲田にもあるし慶應にもありますよ。

西田:だから布施さんが高校時代に育てた選手が大学でキャプテンになったり、大学で育てたキャプテンが企業で活躍したりしていますよね。リーダーとして育っているのが素晴らしいので。次は慶應のお話を聞きたいのですけど、以前、布施さんから聞いて感動したのは、人前で話すのがけっして得意ではないキャプテンがいて、チームミーティングでも上手くできないので、その場の雰囲気が良くなくてどうしたものかなと思っていたら、翌週にはちゃんと学習して、喋れるやつを前に立たせて、自分は板書側に回っていたという話がありましたね。

布施氏:それは桐蔭学園の話で今、早稲田のキャプテンをやっている齋藤直人ですよ。

西田:おお、あの斎藤直人選手だったのですか!